人々の “健康促進” のために!

人々の “健康促進” のために!
2015年春、沖縄の琉球大学キャンパス内 (産学共同研究棟) に立ち上げた “PAK研究センター” の発足メンバー(左から4人目が、所長の多和田真吉名誉教授)
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2011年10月30日日曜日

強力なベルベリン誘導体 (BER 2011, マラリア治療用の新薬) :
PAK遮断剤として、癌やNFにも有効であるはず!

マラリア感染に発癌キナーゼ「PAK」が必須であることは前述した。従って、
マラリアに効く薬剤の中から、癌やNFに有効なPAK遮断剤を発掘しうる可能
性が非常に高い。さて、その一例として、現在広く薬剤耐性マラリアの撲滅に使
用されている (2011年ラスカー医学賞に輝く)「アルテミシニン」やその誘導体を
前回紹介した。

今回は消炎剤やマラリア治療薬として、昔から使用されていた漢方薬「黄連」の
苦味成分で「ベルベリン」と呼ばれるアルカロイドから、ごく最近半合成された
強力な誘導体 (略称 Ber2011)を紹介しよう。オハイオ州立大学(OSU)
のキャンパス内には、NFや癌に効くPAK遮断剤を開発研究しているグループ
が2、3あるが、このベルベリン誘導体は意外にも、マラリアなどの原虫を殺す
薬の開発に専念していた英国出身の薬学者、ダグラス・キングホーン教授の研究
室によって開発された。

ベルベリンの薬効に関する詳細なメカニズムについては、分子レベルでは数年前
までほとんど不明だったが、2006年になって「グラクソ・スミスクライン」
(GSK)製薬のフランスにある研究所で、ベルベリンがAMPKを活性化しつ
つ、コレステロールなどの脂肪の合成及び蓄積を抑えることが発見された (1)。
従って、ベルベリン剤 (例えば、苦味がない「タンニン酸ベルベリン」など) が
糖尿病や肥満症の治療ばかりではなく、癌やNFの治療にも役立つはずである。
実際、2009年になって、ベルベリンの抗癌作用メカニズムの一部が、更に明
かにされた。PAKの活性化に必須なG蛋白であるRACとCDC42を失活さ
せることが、香港大学の研究グループによって、発見された (2) 。つまり、C
APEやクルクミンと同様、ベルベリンもPAKを遮断するのである。ベルベリ
ンがマラリアに効くことを鑑みれば、これは決して驚くべきことではない。

さて、天然物ベルベリン自身のマラリア殺虫効果はそれほど強くない。そこで、
キングホーン教授は、安価なベルベリンのヘミサルフェート誘導体から、100
倍近く強力なジエチル誘導体 (Ber2011)を半合成した。その原虫に対す
るIC50は、10ー40 nM だった。しかも、動物実験によると、1 m
g/kg という少量で、原虫による感染を少なくとも50% 阻止することがで
きた(3)。この薬効は、FK228に匹敵するものである。そればかりではな
い! FK228は血管脳関門を通過しないから、NF2などの脳腫瘍には役立た
ないが、ベルベリンあるいはその誘導体は、血管脳関門を通過しうるので、脳腫
瘍にも有効であるはずである。実際2006年に、中国の広東にある孫文大学の
グループによる動物実験で、(PAK依存性の) アルツハイマー病に対しても、
治療効果を示している(4)。

ついでながら、マラリア治療薬として、過去長らく使用されていたクロロキンも
強力なPAK遮断剤であり、(クロロキン耐性になったマラリアの代わりに)、末
期すいぞう癌の治療薬として、ごく最近臨床試験が始まっている。 クロロキンも
血管脳関門を通過するから、理論的には、NF2などの脳腫瘍にも有効であるはずである。

残念ながら、(プロポリスと違い) クロロキンには副作用があり、マラリア治療な
どの短期投与では出にくいが、長期に投与すると、視野のごく中心部しか見えな
くなる「クロロキン網膜症」が、1960年代に多発した。この「クロロキン事件」は、
慢性腎炎や慢性関節リウマチ、てんかんなどへの適応拡大によって被害者が
拡大し、日本でも約千人の被害者がいると推定され、1975年に製造/販売が
禁止になった(5)。

従って、癌やNF2などへの長期治療には、副作用のより少ない誘導体
(ヒドロキシクロロキン=HC) を使用すべきだろう。HCの場合、投与量6.5 mg/kg/day まで、 
投与期間10年までならば、網膜症は起こらないとされる。 200mg の錠剤
(HCのフランス製商標「プラキニル」) 100 錠が 3、4千円だから、
毎日2錠 (400 mg) づつ飲んでも、薬価は毎日「百円」以下である。


参考文献:

1。Brusq, JM., Ancellin, N., Grondin, P., Guillard, R.et al. Inhibition
of lipid synthesis through activation of AMPK: an additional mechanism
for the hypolipidemic effects of berberine. J Lipid Res. 2006, 47, 1281-8.

2。Tsang, CM., Lau, EP., Di, K., Cheung, PY. et al. Berberine inhibits
Rho GTPases and cell migration at low doses but induces G2 arrest and apoptosis
at high doses in human cancer cells. Int J Mol Med. 2009, 24, 131-8.

3。Bahar, M., Deng, Y., Zhu, XH., He, SS. et al. Potent anti-protozoan
activity of a novel semi-synthetic berberine derivative. Bioorg. Med. Chem. Lett.
2011, in press.

4。Zhu, F., Qian, C. Berberine chloride can ameliorate the spatial memory
impairment in the rat model of Alzheimer's disease. BMC Neurosci. 2006, 7, 78.

5。浜 六郎 『薬害はなぜなくならないか』日本評論社1996

2011年10月8日土曜日

免疫学者「ラルフ・スタインマン」小伝:
膵臓癌と闘い、死去直後にノーベル賞!

2011年ノーベル生理/医学賞受賞
受賞理由: 「樹状細胞」と、獲得免疫におけるその役割の発見

ラルフ・スタインマンは、1943年1月14日 に誕生、2011年9月30日に死去。

カナダのモントリオール市内アシュケナジムに住むユダヤ人の家に生まれる。
父親はアービン・スタインマン(1995年に死亡)、母親はネチー(1917
年生まれ)。父親が呉服店「モーツアルト」を郊外のシャーブルッケに開店した
ので、家族はそちらに引っ越す。ラルフはシャーブルッケ高校を卒業後、モント
リオール市内に住む母方の祖父と祖母の家に間借りしながら、マックギル大学理
学部を優等で卒業。 1968年に、米国ボストンにあるハーバード大学医学部
で博士号を取得後、MGH (大学付属のマサチューセッツ総合病院)でインターンを
修了。その後、ポスドクとして、ニューヨーク市内のロックフェラー大学に転勤
し、免疫学 (特に、「マクロファージュ」と呼ばれる貪食細胞) 研究の大御所で
ある恩師ザンビル・コーン (1926-1993) の下で、獲得免疫に重要な役目を果たす
樹状細胞に関する研究に取り組み始めた。「樹状細胞」という用語は、1973年5月
にスタインマンと恩師コーンによって作られたものである。

Steinman、 R, & Cohn、 Z. Identification of a novel cell type (dendritic
cell) in peripheral lymphoid organs of mice. I. Morphology, quantitation,
tissue distribution. J Exp Med. 1973、137:1142-62.

スタインマン夫婦に長女アレクシス (34) が誕生したのは、樹状細胞の発見から
3ー4年後(1977年頃)のことである。

不幸にして、2007年に、ラルフ・スタインマン教授は「膵臓癌」と診断され、彼
自身が研究の対象としていた「樹状細胞」を使用した「免疫治療」を受ける。幸
い、2011年10月3日、スタインマンにノーベル生理学・医学賞が授与されることが
発表されたが、その直後、スタインマン本人は3日前の9月30日に既に死去してい
たことが、家族により公表された。アレクシスの話によれば、父親ラルフは、受
賞発表前の週に、病床で「死んだら、賞はもらえなくなるから、発表の日まで何
とか頑張らなければ。。。」と冗談まじりに、家族に言い続けていたという。

現在のノーベル賞の規定では「死者には授与しない」とされているが、ノーベル
財団およびカロリンスカ研究所(ノーベル賞の生理学医学部門選考委員会が存在
する機関)が対応を協議した結果、スタインマンの場合は授賞決定の時点で財団
と選考委員会が本人の死去を把握していなかった事情を考慮し、受賞者の選考は
スタインマン本人が存命しているという前提で行われたものであることを再確認
した。その上で、「授賞決定後に本人が死去した場合はその授賞を取り消さない」
とする同賞の規定に準ずる扱いとして、「今回の決定を変えず、スタインマン博
士に賞を贈る」と改めて決定、発表した。

スタインマンの主な受賞歴

* 1999年 ロベルト・コッホ賞
* 2003年 ガードナー国際賞
* 2007年 ラスカー基礎医学研究賞
* 2009年 オールバニ・メディカルセンター賞
* 2011年 ノーベル生理学・医学賞
     (ブルース・ボイトラーやジュールス・ホフマンと共同受賞)