もう30年以上も昔、私は西独の南、ミュンヘンのマックス・プランク研究所で数年間, Dictyostelium
と呼ばれる細胞性粘菌 (アメーバの一種) を研究材料に、ミオシンを燐酸化する酵素 (キナーゼ) について、研究していたことがある。このアメーバの最も面白い点は、周りに食物 (例えば、バクテリア) がなくなると、増殖を停止して、cAMPを分泌しながら、細胞集合を開始し、最終的には、スポア(胞子) とストーク (茎) に分化して、多細胞生物 (子実体) になることである。 従って、最も単純な「分化のモデル」として、世界中で重宝がられてきた。
さて、私が西独でこのアメーバの研究をしていた時分に、英国のケンブリッジ大学のMRC (分子生物学研究所) のロバート・ケイ博士らが、「DIFー1」と呼ばれる化合物 (ポリフェノールの一種) を、このアメーバから精製した (1)。この物質は、アメーバの分化を誘導するホルモンの一種で、特にストーク細胞への分化に必須である。
さて、ごく最近になって、「DIFー1」研究がその後一体いかに発展したかを興味本位で文献調べをしている内に、非常に面白いことを見つけた。「DIFー1」に抗癌作用があるという意外な事実である。 正常細胞の増殖に影響を与えずに、癌細胞の増殖を抑制する。 この抗癌作用の研究は、主に九大医学部薬理の篠栗 俊之 教授の研究室によって、10年ほど前から進められていたようである。ごく最近、動物(マウス)実験で、この物質がヒト由来の移植癌の増殖を抑制することを実証 (2)。
その抗癌メカニズムは、どうやらチロシン・キナーゼ「JAK2」の阻害剤であるAG490やブルーベリー由来のプテロスチルベン(PTE)と同様で、最終的には、発癌/老化キナーゼである「PAK」を遮断するようである。 従って、「DIFー1」は、プロポリスなどのPAK遮断ハーブ類と同様、癌ばかりではなく、 各種のPAK依存性難病の治療薬として、将来幅広く活躍する可能性がある。
私は(35年以上も昔) 別のアメーバからPAKを最初に見つけたが、アメーバ由来の「DIFー1」が抗癌 (PAK遮断) 剤であるというのは、偶然であるにしても、実に愉快である。。。 基礎的な「アメーバ研究」が長い目では、人類の「健康長寿」にも貢献しているからである。
参考文献:
1. Kay RR,
Dhokia B,
Jermyn
KA. Purification of stalk-cell-inducing morphogens (DIF-1) from Dictyostelium
discoideum. Eur J Biochem. 1983 ; 136: 51-6.
2. Takahashi-Yanaga
F, Yoshihara T,
Jingushi K,
Igawa K,
et al. DIF-1
inhibits tumor growth in vivo reducing phosphorylation of GSK-3β and expressions
of cyclin D1 and TCF7L2 in cancer model mice. Biochem Pharmacol. 2014 Mar 23. In press.
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