「PAK」というキナーゼが発癌や老化に必須であることは前述した。更に、PAKに
よって活性化される「ILK」(integrin-linked kinase) も発癌や老化に必須であることも
最近判明した。従って、PAK-ILK シグナル経路は我々の健康長寿を脅やかす「悪
玉」の相棒関係にある。 さて、PAKが胃潰瘍、喘息、リューマチなどの炎症にも
必須であることが数年前から知られている。というのは、PAK遺伝子を欠損した
マウスでは、これらの炎症が発生しないからだ。だから、PAK遮断剤の一つである
「セルベックス」が胃潰瘍の特効薬であることに不思議はない。いいかえれば、
この薬剤は胃潰瘍ばかりではなく、喘息やリューマチなどの治療薬としても有効
なはずである。
さて、ごく最近、豪州のメルボルン郊外にあるモナッシュ大学の医学研究所にある
ブライアン=ウイリアムス教授の研究室が「ILK」に関して、面白い発見をした。
このキナーゼも (PAKと同様) 胃潰瘍などの炎症に必須であることをまず突き止め
た (1)。 更に、ILKによって燐酸化される転写蛋白をみつけた。 「p65」 と呼ばれる
転写蛋白 (=NF-κB の一員) は、ILKによって燐酸化されると、細胞質から核内に移行して、
活性化される。 さて、胃潰瘍の主原因は、ピロリ菌による感染であるが、ピロリ菌は
宿主のPAKを異常に活性化することによって、胃炎、胃潰瘍、胃癌など一連の病気を
発生させる。 その結果、ILKが異常活性化し、燐酸化された転写蛋白p65 が核内に入り、
炎症をもたらすTNF-アルファなど一連のいわゆる「炎症蛋白」(ホルモン) の産生を
促すわけである。
流行性感冒(インフルエンザ=ウイルス感染) にもPAKが必須であることがわかって
いる。 PAK遮断剤であるプロポリスが流感の特効薬である理由はそこにある。
さて、ILK やp65 (NF-kB) はどうだろうか? 2年ほど前にドイツのミュンスター
大学ウイルス研のステファン=ルードビッヒ教授の研究室が、p65阻害剤であるSC75741
(15 mg/kg) によって、マウスへのインフルエンザ=ウイルスの感染を見事に予防/治療に
成功した (2)。 いいかえれば、「PAK-ILK-p65」 シグナル経路は流感などのウイルス感染
にも必須なのである。当然ながら、セルベックスは流感にも有効であるはず。
けだし、p65の発見者はドイツ人のPatrick Baeuerle である。パトリックは1980年代前半に
私がミュンヘンのマックス=プランク研究所に勤務していた頃、隣の研究室にいた
ずば抜けて優秀な院生だった。 1989年に米国MITのDavid Baltimore 教授
(逆転写酵素の発見でノーベル賞を受賞) の研究室でポスドクをしていた頃、p65が
NFkB 複合体の一員であることを発見した。 その抗体を開発後、モノクローナル抗体の
開発研究に専念し、現在はミュンヘン大学の名誉教授であると共に、米国ベセスダ
(NIH のあるワシントン市郊外) で、抗体製剤を扱うベンチャー会社「Micromet」(最近、
Amgen が吸収合併) の社長をしていると聞いている。
参考文献:
1. Ahmed AU,
Sarvestani ST,
Gantier MP,
et al.
Integrin-Linked Kinase Modulates Lipopolysaccharide-
and Helicobacter pylori-Induced Nuclear Factor κB-Activated Tumor Necrosis
Factor-α Production via Regulation of p65 Serine 536 Phosphorylation. J. Biol Chem. 2014 Aug 6.
2. Ehrhardt C,
Rückle A,
Hrincius ER,
et al. The NF-κB
inhibitor SC75741 efficiently blocks influenza virus propagation and confers a
high barrier for development of viral resistance. Cell Microbiol. 2013; 15: 1198-211.
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