1984年にパリにあるキューリー研究所で、正常な体細胞 (例えば、マウス由来の線維芽細胞株NIH3T3) を希酸に30分漬けてから、培養液のpHを中性に戻すと、次第に細胞が癌化 (軟寒天上で増殖) することを発見した。 数年後に、米国カリフォルニアから豪州のメルボルンの癌研究所に転勤になったアンリ・モリエール博士は、同じような現象が正常細胞 (例えば、マクロファージ) を長期に培養したまま培養液を取り換えない場合にも起こることを発見した。 この癌化 (脱分化) 現象は培地のpHが下がるために、ある遺伝子に突然変異 (あるいは脱メチル化) が起こるためであると、アンリは結論したが、その遺伝子を詳しく同定する研究(努力) ははなはだ厄介な仕事なので、手を染めずにいた。 しかしながら、その自然に癌化した細胞の性質がRAS遺伝子に変異を持つ癌細胞と良く似ているので、RASを含む発癌シグナル伝達経路のどこかに異常が発生したと類推した。 やがて、RASの下流にあるキナーゼ「PAK」が癌化に必須であることが判明した。 そこで、「PAK」を遮断する色々なハーブ類を同定し始めた。その中に「プロポリス」と呼ばれるミツバチが一億年昔から調剤する生薬/抗生物質がある。 この生薬ですいぞう癌などのRAS癌 や希酸により癌化した細胞を処理すると、あたかも正常な細胞のごとく振る舞うようになる (もはや軟寒天上で増殖しなくなる)。 それだけではない! 癌化した細胞はOCT4遺伝子を発現するが、プロポリスで処理した細胞では、この遺伝子の発現がピタリと止まった。
さて、ある日のこと、アンリの助手の一人が誤って、培地にSCF (幹細胞因子) というペプチドホルモンを添加してしまった。すると、なんと不思議なことに、もともとマクロファージだったものが、培養条件により、筋肉細胞や神経細胞に分化してしまった! つまり、この細胞はいわゆる「万能細胞」のごとく、(周囲の環境条件に従い) 様々な体細胞に自由自在に分化しうる機能をもっていることが判明した。 希酸処理によって誕生した万能細胞 (酸誘導幹細胞) はプロポリスが存在する限り、もはや癌化はしなくなった。 言い換えれば、万能細胞 (50歩) にPAKを50歩加えると癌 (100歩) になる。
そこで、アンリはその助手と共著で、この新規な万能 (Acid/Propolis-induced Pluripotent Stem, API-PS) 細胞の作製法 (レシピ) を「サイエンス」という科学雑誌に発表した。 実験科学とは、アンリ・モリエール博士にとって、一見喜劇に見えるが実は(注意深く研ぎ澄まされた)芸術だった。 コピペ (copy and paste) の常習では、真の科学も芸術も成しえないことを肝に銘じるべきである!
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