人々の “健康促進” のために!

人々の “健康促進” のために!
2015年春、沖縄の琉球大学キャンパス内 (産学共同研究棟) に立ち上げた “PAK研究センター” の発足メンバー(左から4人目が、所長の多和田真吉名誉教授)
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2018年1月16日火曜日

建国記念日?

米国合衆国の建国記念日は 7月4日、1776年の7月4日に、英国から独立宣言をした日である。 この建国記念日に、余り異論を挟む米国民はいない。

ところが、 豪州の建国記念日 (Australia Day, 1月26日) には、年々異論が出ており、メルボルン市内の幾つかの自治区では、この建国記念日を既に廃止する動きが続々出ている。その最大の理由は、Australia Day の発祥した由縁である。 (流刑囚を多数積んだ)  大英帝国 の軍艦がシドニー港に、初めて錨を下ろし、New South Wales (NSW) 植民地を宣言した、1788年1月26日を祝った史実に基づく。 しかしながら、豪州にそれまで (数億年) 住んでいた原住民にとっては、その日は、英国による植民地化 (侵略) の日であり、その後、英国白人 による原住民 (アブオリジナル) の殺りく/迫害の歴史が始まる。 従って、原住民にとっては、明らかに「1月26日は祝日ではあり得ない!」。

そもそも、豪州は米国同様、「移民の国」であるから、各々の移民にとっては、豪州に初めて到着した日 (Australia Day) は、個々人によって、全く異なる。 私自身の場合は、2月6日が いわゆる "Australian Day" である。 30年前のこの日に、豪州メルボルンの土を初めて踏んだ。

私が未だ日本国内に居住していた45年前 (1973年8月3日に初めて、米国シアトル港の土を踏む) までは、2月11日が「日本の建国記念日」と称されていた。その日の制定は、古事記 (神話) 中の記述に従って、神武天皇が (宮崎の) 高千穂の峰に天から下りてきた (より史実に基づけば、鉄器を扱う朝鮮半島由来の「弥生民族」(大和朝廷) が土着の南方系「縄文民族」を平定した) 日らしい。 しかしながら、この建国記念日を祝う習慣は、戦後の日本では、余り歓迎されていない (1948年に米国のGHQ により廃止されたが、1967年に佐藤内閣により強引に復活された) 。「 軍国主義の臭い」が強過ぎるからである。 更に、豪州の歴史と同様、侵略者が土着民族を平定した日であり。クマソ (熊襲) やアイヌなどの土着民族 にとっては、歓迎すべき日ではない。 

 豪州はいまだに (英国のエリザベス女王の支配下にある) 英連邦の一員であり、(形式上のみではあるが) 女王の許可なしには、内閣を組閣できない。 従って、英連邦から脱退し、「共和国」宣言をするまでは、豪州は形式上、真の独立国ではない。言い換えれば、「豪州は未だ建国してない!」。

2018年1月11日木曜日

マイク=ウオルフ著のベストセラー「トランプ政権の内幕」(Fire and Fury)

内容の信ぴょう性については、疑問があるものの、「トランプ政権の内幕」を赤裸々に暴いたベストセラー版である。出版のタイミングが絶妙である!  トランプ大統領を嫌う読者向けに書かれた内容であろうが、トランプ大統領のファン(支持者)も一度は読んでみたい本であろう。 つまり、(少なくとも) 全米の有権者全体が読者である。 出版社は「Little」と称する零細企業だが、大統領による「発禁令」を無視して、敢えて発売日を前倒してまで出版した商魂の逞しさ!  D。H。ローレンス著「チャタレー夫人の恋人」に筆頭する「ノンフィクション」物である。作品の文学的な価値はともかくとして、邦訳すれば、日本でも多くの読者が予想される。 。。

ところで、戦後の歴代米国大統領には、セックス=スキャンダルが絶えない。古くはFDR (フランクリン=ルーズベルト) から JFK (ジョン=ケネディー)、 ビル=クリントン、そして、ドナルド=トランプ。 米国の有権者は、どうやら大統領によるセクハラには、非常に寛容なようだ。 昨年末から、米国映画界 (ハリウッド) では、有名な男性プロデューサーによる(多数の女優に対する) セクハラ行為が大問題になり、いわゆる「Me, Too」運動により、多くの男優も血祭りに上げられつつある。

そのあおりを食らって、豪州の有名な男優 (Craig McLanchan) も (女優に対して) セクハラ行為をしたという訴えが正月明けに明るみになって、彼が主演を演ずるABCテレビの人気番組 (Blake 医師の探偵シリーズ) が突然制作中止になった。 私の大好きな日曜番組だったので、私自身を含めて多数の聴視者が大きなショックを受けている。最大の打撃を受けたのは、恐らく、このテレビ番組を書き続けてきたシナリオ=ライターだろう。 この番組は既に6年も続いた番組であり、主役の俳優を突然変更するわけにはいかないからだ。

2017年12月25日月曜日

「塩野七生」(1937年7月7日生まれ) :
古代ローマ人やギリシャ人を描く歴史小説家

最近80歳に達して、(「ルネッサンスの女たち」を皮切りに) 半世紀に渡る (ローマでの) 執筆活動に終止符を打つと宣言したユニークな女流作家。 日比谷 (高校) 時代には、庄司薫と同期生だった我々の先輩。同期生の半分近くが東大へ進学していた(古き良き) 時代に、学習院大学文学部で哲学を勉強した変り者 (豪傑) の一人。

大学卒業 (1960年安保反対闘争) 直前、就職活動を (一生に) 一度だけしたという。書類審査ではパスしたが、面接では不合格。理由は、試験官に「タイプはできますか?」と問われ、「ノー」と答えたそうである。 「それでは、一体何ができますか?」と問われ、「数ケ月、会社に勤めれば、自ずから何ができるか分かるでしょう」と答えたという。

結局、イタリヤへの遊学を決意、ローマに永住して、とうとう作家で大成功した。 フローレンス大学に勤務していたイタリア人医師 (シモーネ) と結婚し、息子 (アントニオ) を産むが、夫とは後に離婚し、独身ママで息子を立派な作家に育て上げる。

2013年の東北大震災後 、評論「日本人へ: 危機からの脱出編」(文春新書) を出版し、"辛口" に日本の復興を激励したそうである。進歩的な平和主義者 (哲学者) であった"安倍能成 " (安倍普三とは「無縁」!) が院長を務めていた学習院で、「やせたソクラテス」などの古典哲学を学んだはずの塩野さんは、1937年6月生まれの (比較的進歩的な) 小渕恵三首相 (早稲田卒) とは親しかったそうだが、「太った豚 」(安倍総理) の軍国主義的な政策には、かなり批判的であったと推察される。

 ボブ=ケネディー司法長官と小渕恵三との出会い:  

小渕恵三 (25) は1963年1月、独りで世界旅行に出発。当時、アメリカ統治下にあった沖縄から、台湾、タイ、パキスタン、インド、セイロン(現スリランカ)とアジアをめぐり、中東、アフリカ、ヨーロッパから北米、そして南米と、訪れた国は38カ国におよび、9カ月間の大旅行になった。
      
旅のハイライトは、ワシントンでのボブ=ケネディ司法長官との会見。実は、前年の2月、ボブ=ケネディが来日した際、早稲田大学の大隈講堂での講演を聞いた小渕青年は、そのときの感激を、長官宛ての手紙にしたためた。そして、長官秘書から電話がかかってきた。「長官が会うそうです。司法省に来てください」。翌日、司法省を訪れた小渕青年は、ケネディ司法長官から「私の講演を聴いてくれてありがとう。これからは君たちの時代だ。政治家になったら、ワシントンで会おう」と温かく歓迎され、兄のジョン=ケネディの大統領当選を記念したネクタイピンまでプレゼントされた。

そのフランクな態度に感動した小渕青年は、「政治家になっても、分けへだてなく誰にでも会おう」と決意した。こうした経験が政治家・小渕の原点になっていた。丁度同じ頃、塩野女史 (25) はイタリアへの独り旅 (武者修行) を始めた。。(私の推察では) これは「単なる偶然」ではなさそうである。高田馬場と目白は山手線で隣駅同士!

松山中学時代から英語が得意だった安倍能成は (家庭の事情で) 中卒後一年間、母校の英語教師を勤めて家計を助けた。その後、一高に進学し、東大文学部時代には、「一中」(「日比谷」の前身) 出身の大作家「夏目漱石」の門下生の一人になった。「坊っちゃん」の舞台になる松山中学は、夏目も安倍も一年間だけ英語教師をしたことがある田舎の「有名」中学である。従って、夏目-安倍-塩野というユニークな人脈が塩野さんを、最終的に「作家の道」へ導いたという可能性がある。

 塩野 七生 (著) 「ローマ人の物語 (1) :  ローマは一日にして成らず」 (新潮社, 1992) は、2017年の「Amazon ランキング大賞 」に輝く!


J. Cell Signal. (2018):  Commentary
Hiroshi Maruta, PAK Research Center, Melbourne, Australia. 
 (「PAK」時代到来:  発見から丸40年)

2017年12月18日月曜日

ロシア革命から丸100年: 日本の「共産党」は一体なぜ、党名を変更しないのか?

 http://www.asahi.com/articles/ASKDD4J24KDDUTFK00N.html?iref=comtop_list_pol_n05

 特に無党派の進歩的な有権者大半は、「共産党」という旧態依然とした党名に、ひどく抵抗 (違和感) を感じ続けている。1917年のロシア武装革命や1949年の毛沢東 (中共) 革命を想起させるからだ。 「共産主義」など、21世紀にはもう通用しない! 既に絶滅した「 恐竜的」な存在である。 マルクス=レーニン主義からも「毛語録」からも脱皮する必要がある。党の政策には同意できるが、あの党名は頂けない! そう思って再三、党名を改めるよう、助言しているが、一向に耳をかそうとはしない。なぜだろうか?   一口にいえば、「しい」委員長は、逆に「いし」(石) 頭だからであろう。 党名を変えるためには、委員長の「首の挿げ替え」が、先決であろう!  もう少し頭の柔軟なかつ、より「カリスマ」的な人物が党を率いるべきである。 「社会大衆党」という党が沖縄に存在する。 それに順ずるような党名が、21世紀の革新政党に相応しいと、私は思っている。

2017年12月7日木曜日

新着 (教育) 映画 「クリスマス=キャロル」:
The Man Who Invented Christmas

毎年12月に入ると、西欧では、クリスマスツリーのイルミネーションが夜の街並みを彩り、デパートが本格的にクリスマス=セールを始める。クリスマス(降誕祭) は本来、キリスト教の祭日であり、救世主「イエス=キリスト」の誕生日(12月25日)を祝う日である。今から2千年以上昔、(古代ローマ帝国支配下の) ユダヤ/パレスチナのベツレヘムという町の貧しい馬小屋で、マリアを母として、一人の男子が生まれた。(実際の) 父親が誰だったか未だに不明(謎)だが、ヨセフという青年が父親代わりを果たした。 聖書には、マリアは「処女」で子供を産んだことになっているが、実際 (生物学的) にはありえないことであり、ヨセフ以外の誰かが、性交をしたに違いない。聖書では、神(エホバ) からの「精霊」でキリストが誕生したことになっているが、そんなものは実在しない。大体、神などこの世に実在しない! 

キリストは30歳を過ぎてから、予言者となり、父 (エホバ) に基づく「キリスト教」(人類平等、博愛主義) を説き始め、最終的には、"異端者" (支配者ローマ人と被支配者ユダヤ人は共に、平等な権利をもつべきと唱える "平和的" な革命家) としてローマの兵士達により逮捕され、(13日の金曜日に) 十字架上で死刑に処せられる。聖書によれば、3日後に甦り天国に昇天する。この日を祝って、「イースター」(復活祭) という祭日ができた。

江戸時代、日本の「キリシタン」 (キリスト教徒) が弾圧された理由は、(「江戸幕府と庶民が平等の権利を持つべき」という) 言わば "革命的な" キリスト教精神の普及を、幕府が非常に恐れたからである。従って、改憲 (憲法9条改悪) を「踏み絵」にして、「護憲派」を排除した新党「希望」の幕府的な遣り方は、庶民 (無党派) から反発を買うのは当然である! 

さて、 (はるばる北極からそりに乗って、貧しい子供たちに贈物を届けに来る)「 サンタクロース」のお爺さんが登場する「クリスマス」は一体いつごろから始まったのだろうか。新着の映画「クリスマスを発明した(産んだ)男」によれば、19世紀の中頃 (大英帝国ビクトリア王朝の黄金時代、産業革命による機械化が進み、多くの手工業者が失業に苦しんだ時代) 、英国の有名な作家チャールズ=ディッケンズ  (1812-1870) が、「クリスマス=キャロル」という童話 (1843、「黒船」来訪より10年前) を書いて、ケチで貪欲な「スクルージュ」という老人がある日改心して、貧しい子供達に贈物を届けるようになったエピソードを描いて以来、今の "クリスマス" という習わしが誕生する。この映画で、「スクルージュ」役を演ずるのは、「サウンド オブ ミュージック」でオーストリアの海軍キャプテンを演じた名優「クリストファー=プラマー」である。子供 (中卒以上) にも大人には楽しめる作品である。

今日、クリスマスは本来の目的を逸脱して、余りにも商業化している。この映画は我々に、クリスマスの (宗教の枠を越えた) 本来の目的 (貧しい子供達への思いやり) を喚起する意味でも、観賞に値いすると、私は思う。

蛇足だが、豪州では、クリスマス=シーズンは真夏なので、サンタクロースは "ジェット=スキー" か "サーフィン" で、南極からやって来る。メルボルンでは (客入りの少ない) 月曜日に、半額 (子供の料金)で映画がみられる。だから、我々 "隠居老人" 達は、月曜日に孫達同伴で、子供向きの映画を観賞する習慣になっている。

2017年12月2日土曜日

SF 小説: 無限かつ永遠の宇宙

「宇宙は (時間においても空間においても) 無限なり」という結論を出して「フィールド賞」をごく最近もらった在英の数学者、寝屋川 寛 (ひろし) 博士は、ちょうど40年前に米国の首都ワシントンの郊外にあるベセスダで誕生した。母親は大阪出身の植物学者、父親は東京出身の薬学者。不思議にも寛の両親は未婚の同棲夫婦だった。「男女の結び付き」は、本人同士の自由意志に従うべきで、「法律や宗教によって制約されるべきではない」という両者の進歩的な考え方による。 更に (母親の希望に従って)、息子は母親の苗字を受け継いだ。 母親は、数年、大阪にある実家の両親の下で息子を育てた後、父親が勤務する英国のケンブリッジ大学のMRC 分子生物学研究所 (シドニー=ブレナー所長) の助手として採用され、寛を連れて英国に永住した。

父親は、ブレナー研究室で、線虫を実験材料にして、寿命の分子生物学を研究していた。線虫の平均寿命は実験動物の中で最短 (2週間前後) なので、例えば哺乳類で最短の寿命を持つマウス (2-3年) に比べて、実験結果がずっと早く得られる。父親の性格自身は柔和だが、ごく短気なので、マウス実験には向いていない。 ある日、夫婦は、紫外線照射を受けた線虫の中に、耐熱性の変異株 (ミュータントR689) を見つけた。一般に、耐熱性のミュータントは、野生株より長生きする。そこで、夫婦はR689株の寿命を調べてみた。 野生株より6割ほど長生きすることが判明した!  人間の平均寿命を80歳と想定すると、その6割 (約50歳) 余計に長生きする計算になる。 この長生き株と野生株のゲノムを比較してみると、たった一つの遺伝子に (機能欠除をもたらす) 変異が起こっていることが判明した、その遺伝子は「PAK」と呼ばれる遺伝子で、哺乳類では、発癌作用があることが知られている。実は、この遺伝子は原始的な土壌アメーバにも存在し、平滑筋などのミオシンを燐酸化する酵素 (キナーゼの一種) を産生する機能を持つ。ミオシンの活性化により、血管壁の平滑筋が収縮すると血圧が高まる。 線虫の実験で、PAKが「寿命を縮める悪玉キナーゼ」でもあることが判明したわけだ。

さて、息子(寛) は、冥想型で、実験科学には余り興味を示さなかった。 イートン校を卒業して、最寄りのケンブリッジ大学の数学科に進学した。指導教官は、父親の友人であるラルフ教授だった。 ラルフ教授は米国のボストン生まれで、若い頃、豪州のメルボルンで育ったというユニークな経歴を持つ。 ラルフ教授は極めてリベラルな思想の持ち主だった。ラルフ夫人はメルボルン大学時代の同級生で、IT (コンピューター) の専門家だった。 ラルフ家と寝屋川家とは、近所同志だった。「 隣の花は美しい」という喩えがあるが、寛には、近所に住む鋭敏なラルフ夫婦の方が、ずっと輝かしく見えた。 それにラルフ教授には、実はギリシャ系の血が4分の1 ほど宿り、ハンサムだった。 ラルフ教授の母親も数学者で、元々はエジプトのカイロ生まれだが、米国人の生物学者と結婚して、産れた4人の子供の末っ子がラルフ教授になった。

寛の母親からの話によると、寛の母方の伯父も有名な数学者だったそうである。従って、寛の数学の才は明らかに、母親からの遺伝子によるようだ。父親は明らかに算数や算盤には長けていたが、数学のような「垂直思考」は苦手だった。 父親の長所は、進化論で有名なダーウインのような「水平思考」だった。 線虫の寿命を縮めるPAKは人類でも同様な機能を持つはずであるから、「PAK遮断剤」を開発すれば、人類の健康寿命も延ばすことができると発想した。そして、最近、強力な「PAK遮断剤」を開発するのにとうとう成功し、特許を取得した。

寛は狭い地球上の話よりも、より広大な宇宙について、考えてみるのが好きだった。そして、遂に彼は、「宇宙は (時間においても空間においても) 無限なり」という結論に達した。人類の寿命は「PAK遮断剤」により延長することはできても、恐らく200歳を越えることはなかろう。しかしながら、(人類全体が滅亡した後にも) 宇宙自身は限り無く膨らみ、永遠に存続するだろう。フィールド賞の受賞演説を、寛はそう結んだ。

聴衆の一人が最後にこう質問した。「宇宙は永遠でしょうが、神の存在はいかがでしょうか?」。寛はそれに答えて、キッパリ言った。「旧約聖書には、神が人類(アダムとイブ) を創造したと印してありますが、実は逆に、万の神は (迷信深い) 人類が勝手に想像/創造した産物です。その証拠に、猿や科学者は神など全く信じていません。だから、人類の滅亡と同時に (神々と "宗教" 戦争は) 速やかに消滅するでしょう。」 (完)

2017年11月26日日曜日

横浜 "翠嵐" 高校の躍進 (予備校化)!

(日経電子版より抜粋/編集)

JR横浜駅に近い名門県立高「横浜翠嵐」。東大合格者数は2000年には1人にまで落ち込んだが、2017年は34人と躍進し、「東大合格校に異変」と話題になっている。難関大学の受験で中高一貫校 (私立、国立大付属) の優位が続くなか、都立高「日比谷」の45人に次いで「都道府県立校の逆襲」の台風の目となっている翠嵐。どんな教育をしているのだろう?  翠嵐の校長によれば、高一の段階で、生徒の進路 (受験大学) を決めるそうである。かなり「スパルタ教育」であり、 「自由の天地」と呼ばれていた我が母校「日比谷」では、全くあり得なかったことである。

2016年入試を見ると、翠嵐からの東大現役合格者は18人。浪人を含めると20人なので、なんと9割が現役合格だ。公立高では現役合格率が6割を突破するのも難しいとされる。「当時、あと一歩で不合格だった生徒が沢山いました。その結果、2017年の東大合格者は浪人13人 (貯金!) 、現役21人の計34人になり、過去最高になったわけです」と、(翠嵐の) 佐藤校長は目を細める。2017年の私立トップ大学 (早稲田及び慶応) への合格者数に関しては、翠嵐が日比谷をも僅かながら凌いでいる! 

他方、翠嵐のライバル、神奈川県立「湘南」は、その昔、神奈川一の東大進学校 (2010年ノーベル化学受賞者「根岸英一氏」を輩出) を誇っていたが、2017年には、東大への合格数が僅か18人と落ちぶれ気味である。

さて、翠嵐が日増しに「予備校化」 する中、高校時代に「文武両道」やモーツァルトの名曲 (Eine kleine Nacht-Musik) など、幅広い情操教育を楽しみたいならば、日比谷、西 (都立)、湘南や浦和 (埼玉県立) など、往年の名門高へ進学を勧める父兄や教師もある。

私自身が日比谷を受験した理由はごく単純だった。自宅の隣番地にある区立中学の担任教師から偶々同じ学区内にあった「日比谷」を受験するよう勧められたからだ。推薦を受けた男子5名と女子5名が見事に全員合格した。我が中学創立以来の快挙だった!  当時は日比谷の「黄金時代」で、毎年180名近い卒業生が東大に進学していた。ところが、私の夢は (レンブラントやミケランジェロなどの) 画家になることだった。だから、高校時代には、 (上野にある) 「芸大」へ進学をめざす、ごく少数の異色組に属していた。ところが、芸大入学後のある夏休みに神田の古本屋で偶々読んだ化学療法の父「ポール=エーリッヒ」に関する伝記に感動し、画家を諦め薬学者をめざし、急きょ「東大受験」に変更した。不幸にして、私が東大を卒業した1967年に、かの悪名高き「学校群制度」が都立高校に施行され、日比谷や西などの名門校が瞬く間に、凋落の一途を辿った! 「漁夫の利」を得たのは、開成や灘などの私立高校と少数の国立大学付属高に過ぎない。そして、弊害視されていた「学校差」に益々拍車をかけた!  

 罪深い学校群制度 (日比谷おろし) は1994年になって、ようやく廃止され、往年の「単独選抜」制度に戻された。 その27年間の長きに渡る「都立高校教育の空白 (改悪) 」は致命的である。 にも拘らず、「日比谷」は地道に「復活」を遂げつつある。。。 2016年になって、東大合格者が45年ぶりに50名の大台を越えた!

去る9月、日比谷の陸上部 2年生 (金山君) が都高体連の新人大会 5キロ競歩で、見事優勝 (25分37秒) したと伝え聞いている。堀田君も7位に入賞した。往年 (我々の時代) 、日比谷のラグビー部が ("保善"と共に) 都代表として、インターハイで "ベスト8" まで進出する活躍ぶりを示した (結局、"保善" が 3度目の優勝!) が、最近は陸上部が強くなり、(高校時代) 私自身の専門競技だった競歩で、後輩たちが桧舞台で活躍し始めたのは、大変喜ばしい。

 イソップ童話にたとえれば、翠嵐は「ウサギ」  (大学入試だけに突っ走る「即効型」) 、日比谷は「カメ」 (走らず競歩する「大器晩成」型) かもしれない。因みに、ウサギの寿命は最大8年程度 (早熟) だが、カメの寿命は最大160年以上である。 どちらの人生を選択するかは、本人次第である。