人々の “健康促進” のために!

人々の “健康促進” のために!
2015年春、沖縄の琉球大学キャンパス内 (産学共同研究棟) に立ち上げた “PAK研究センター” の発足メンバー(左から4人目が、所長の多和田真吉名誉教授)
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2017年11月26日日曜日

横浜 "翠嵐" 高校の躍進 (予備校化)!

(日経電子版より抜粋/編集)

JR横浜駅に近い名門県立高「横浜翠嵐」。東大合格者数は2000年には1人にまで落ち込んだが、2017年は34人と躍進し、「東大合格校に異変」と話題になっている。難関大学の受験で中高一貫校 (私立、国立大付属) の優位が続くなか、都立高「日比谷」の45人に次いで「都道府県立校の逆襲」の台風の目となっている翠嵐。どんな教育をしているのだろう?  翠嵐の校長によれば、高一の段階で、生徒の進路 (受験大学) を決めるそうである。かなり「スパルタ教育」であり、 「自由の天地」と呼ばれていた我が母校「日比谷」では、全くあり得なかったことである。

2016年入試を見ると、翠嵐からの東大現役合格者は18人。浪人を含めると20人なので、なんと9割が現役合格だ。公立高では現役合格率が6割を突破するのも難しいとされる。「当時、あと一歩で不合格だった生徒が沢山いました。その結果、2017年の東大合格者は浪人13人 (貯金!) 、現役21人の計34人になり、過去最高になったわけです」と、(翠嵐の) 佐藤校長は目を細める。2017年の私立トップ大学 (早稲田及び慶応) への合格者数に関しては、翠嵐が日比谷をも僅かながら凌いでいる! 

他方、翠嵐のライバル、神奈川県立「湘南」は、その昔、神奈川一の東大進学校 (2010年ノーベル化学受賞者「根岸英一氏」を輩出) を誇っていたが、2017年には、東大への合格数が僅か18人と落ちぶれ気味である。

さて、翠嵐が日増しに「予備校化」 する中、高校時代に「文武両道」やモーツァルトの名曲 (Eine kleine Nacht-Musik) など、幅広い情操教育を楽しみたいならば、日比谷、西 (都立)、湘南や浦和 (埼玉県立) など、往年の名門高へ進学を勧める父兄や教師もある。

私自身が日比谷を受験した理由はごく単純だった。自宅の隣番地にある区立中学の担任教師から偶々同じ学区内にあった「日比谷」を受験するよう勧められたからだ。推薦を受けた男子5名と女子5名が見事に全員合格した。我が中学創立以来の快挙だった!  当時は日比谷の「黄金時代」で、毎年180名近い卒業生が東大に進学していた。ところが、私の夢は (レンブラントやミケランジェロなどの) 画家になることだった。だから、高校時代には、 (上野にある) 「芸大」へ進学をめざす、ごく少数の異色組に属していた。ところが、芸大入学後のある夏休みに神田の古本屋で偶々読んだ化学療法の父「ポール=エーリッヒ」に関する伝記に感動し、画家を諦め薬学者をめざし、急きょ「東大受験」に変更した。不幸にして、私が東大を卒業した1967年に、かの悪名高き「学校群制度」が都立高校に施行され、日比谷や西などの名門校が瞬く間に、凋落の一途を辿った! 「漁夫の利」を得たのは、開成や灘などの私立高校と少数の国立大学付属高に過ぎない。そして、弊害視されていた「学校差」に益々拍車をかけた!  

 罪深い学校群制度 (日比谷おろし) は1994年になって、ようやく廃止され、往年の「単独選抜」制度に戻された。 その27年間の長きに渡る「都立高校教育の空白 (改悪) 」は致命的である。 にも拘らず、「日比谷」は地道に「復活」を遂げつつある。。。 2016年になって、東大合格者が45年ぶりに50名の大台を越えた!

去る9月、日比谷の陸上部 2年生 (金山君) が都高体連の新人大会 5キロ競歩で、見事優勝 (25分37秒) したと伝え聞いている。堀田君も7位に入賞した。往年 (我々の時代) 、日比谷のラグビー部が ("保善"と共に) 都代表として、インターハイで "ベスト8" まで進出する活躍ぶりを示した (結局、"保善" が 3度目の優勝!) が、最近は陸上部が強くなり、(高校時代) 私自身の専門競技だった競歩で、後輩たちが桧舞台で活躍し始めたのは、大変喜ばしい。

 イソップ童話にたとえれば、翠嵐は「ウサギ」  (大学入試だけに突っ走る「即効型」) 、日比谷は「カメ」 (走らず競歩する「大器晩成」型) かもしれない。因みに、ウサギの寿命は最大8年程度 (早熟) だが、カメの寿命は最大160年以上である。 どちらの人生を選択するかは、本人次第である。


2017年11月22日水曜日

極東共同体 (Far-East Union): マクロンの「EU路線」をアジア (極東) に導 入しうるか?

今春、フランスの大統領選挙で、台頭しつつある極右翼 (National Front) を見事に破って当選したエマヌエル=マクロンは、フランスを欧州連合 (EU) の中心 (原動力) と位置付け、フランス国内及びEU内の抜本的な政治/経済改革 (民主的な革命) を、最近の著書「革命」(原書はフランス語、英訳がつい最近出版される) で提案している。 有力銀行 (ロスチャイルド) 出身のマクロンは、「中道/大衆」路線を守り、保守的な右翼 (企業家) 路線にも、労働組合を基盤とする社会主義 (左翼) 路線にも組しない独自路線を推進しつつある。

医科学研究 (特に、癌などの難病治療) 部門で長らく、いわゆる「我が道」を行く ("PAK"研究に専念してきた) 私自身と 大いに共感するところがある。 そこで、マクロン路線を学び、日本の政治や経済改革に応用しうるかどうかを検討している。 実は、その昔、私が東大の薬学へ進学を決める前に、"早稲田の政経学部の入試をパス"している。 私は西洋史や世界地理に強く、半世紀後の今でも、海外に永住しながら、国際政治や貿易に強い関心を持ち続けている。

欧州大陸では、過去 長らく (2千年の間)、戦争が絶えなかった。そのうちでも、最も戦渦がひどかったのは、ドイツを中心にした第一次世界大戦と第二次世界大戦であった。そこで、戦後間もなく、フランスのドゴール大統領と西ドイツのアデナウアー首相が中心になって、欧州大陸での戦争を今後避けるために、独自の欧州共同体 (EC) と呼ばれる「経済共同体」をうち立てた。それが (東西ドイツの再統一に伴い) 更に発展して、欧州連合 (EU) が発足した。 現在、EUには、英国を含めて28ヶ国が加盟している。そして、加盟国の大半が、「Euro」という共通貨幣を使用し、EU内では、ビザなしに往来ができるようになった。 ところが、(「ポンド」という独自の貨幣を依然固持する) 英国は最近、不幸にも (愚かな極右派の影響により)  国民投票の結果、「EUを離脱する」決定 (Brexit) を下した。これは、米国トランプの孤立主義/保護貿易政策と同様、世界の地球化 (Globalization) 傾向に、「アングロ=サクソン」(英米諸国) が逆行する動き (歴史の後戻り) を示している。 

さて、極東では、明治維新後、中国大陸 (特に、鉄/石炭などの天然資源が豊富な満州) における利権を巡って、日本が中心になって、日清戦争、日露戦争、そして、太平洋戦争を巻き起こした。 結果的には、真珠湾攻撃で米国の参戦を招き、(降伏直前に) 原爆を2発、広島と長崎に落され、グウの音も出なくなった。しかしながら、敗戦後、「日中ソ」が仲直りして、「極東共同体」を打ち立てるという聡明な動きは全くなかった。できたのは、逆に (中共やソ連を仮想敵国とする) 「日米安保条約」だった。そして、沖縄が真っ先にその犠牲になった (米国の極東軍事基地の3/4が沖縄に集中した!)。そして、日本は「アジアの孤児」と非難されながら、朝鮮戦争やベトナム戦争などの米国の軍事作戦に協力し続けた。
 日本の再軍備を唯一予防してきたのは、いわゆるマッカーサー憲法「第9条」 (戦争放棄の宣言) だった。

ところが、最近、北朝鮮からのミサイルや核兵器の脅威を口実にして、安倍政権が、「9条」を改悪して、「再軍備」(自衛隊の強化) を企てている。 マクロンとは、明らかに「月とスッポンの違い」である。 安倍政権だけではない!  野党「希望」を打ち立てた小池都知事も、「改憲」(9条の改悪) という踏み絵を、民進党出身者に強要した。その結果、民進党の三分裂を招き、自民党にまんまと「魚夫の利」をもたらした。 彼女自身は「マクロンの日本版」を自負しているようだが、明らかに「似て非なる」ものである。安倍と小池は、言わば「同じムジナ」に近い。 

極東に真の平和をもたらす政策は、日米安保でもなければ、日本の再軍備 (9条の放棄) でもない!  先ず中国、韓国、台湾、シンガポールなど近燐のアジア先進国 (Asian Tigers) と協力して、(EUに対抗して)「極東共同体」(FU, Far-East Union) という新しい経済体制をうち立て、FU 内では、輸入税の廃止、貨幣の共通化、ビザの廃止など、画期的な経済改革を実現することである。そうすれば、北朝鮮からの軍事的な威嚇や脅威もやがて無くなるだろう。 イソップ童話に、「暖かい南風は、寒い北風に勝る」という逸話がある。 

マクロンは「前進」(En Marche) という新党を打ち立て、文字通り「前進」を続けている。安倍内閣は、逆に日本を「戦前に戻そう」としている。"後戻り" はもはや許されない!  極東に "進歩" をもたらすためには、 (国境を越えて) "FU" と共に、"前進" するのみである。 

恐らく、(共産党独裁の) 中国がFU路線に抵抗/難色を示すかもしれない。従って、日本が民主的な韓国、台湾、シンガポールなどに呼びかけて、先ず「FUの核」を形成し、次に「中国を料理する」作戦が正攻法となろう。 しかしながら、 江戸時代に長らく「鎖国」を続けた日本は、英語会話に弱く、歴史的に「国際外交音痴」である。従って、(比較的進歩的な) 元外相 "河野洋平氏"  (早稲田大学政経学部出身、80) などと相談して、予め念入りに作戦を練る必要があるだろう。機会があれば、マクロン著「革命」の邦訳  (抜本的な改革へ前進!) を出版し、小田原市内にあるはずの河野邸を訪ねてみたいと思ったが、パリの出版社からの最新情報によると、意外にも、 ("子供向けの伝記本" や "世界の童話" などを主に出版している) ポプラ社」により、邦訳が既に進められているそうである。小学生の頃、私もポプラ社の偉人伝シリーズ (聖徳太子、エジソン、シュバイツアー博士 など) の愛読者だった!

蛇足であるが、河野洋平氏は、早稲田大学 "競走部" のOBでもあり、父・一郎、叔父・謙三も歴任した日本陸上競技連盟会長を務めていた(1999- 2013) 。正月明けの "箱根駅伝" では、地元 (小田原) や往路ゴール (箱根) にて, 母校「早稲田」の選手の到着を待っている姿がしばしば目撃される。だから、長距離ランナーでもある私とは、色々な意味で "馬が合う"。

 

2017年11月16日木曜日

「同姓結婚」の合法化: 「結婚」の定義と意義?
宗教との関係 ( カトリックやイスラム教徒は反対)

今世紀に入って、「結婚の定義」 が変化しつつある。 従来は「異姓間」の特殊な結び付きを結婚と称した。 広辞苑には、「結婚とは、男女が夫婦になること」 と明記してある。 ところが、つい最近になって、欧州の10ヶ国 (例えば、ベルギー、オランダ、スペイン、ポルトガル、スウエーデン、ノルウエー、フランスなど) や南半球の南アフリカ、アルゼンチン、豪州などでさえ、「同姓間」 の結婚が法的に認められるようになった。 しかしながら、アジア諸国やイスラム社会では、同姓婚を認めている国は未だ皆無である。

日本の民法」は、同性婚の禁止を明言していないが、条文の主語が「男は」「女は」とされるなど男女の婚姻を前提としていると解釈されているため、日本では法的に認められない。全国の同性愛者ら455人は7月、同性婚の法制化を政府や国会に勧告するよう日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。 全国に先駆けて東京都 "渋谷区" と "世田谷区" は、生活を共にする同性カップルを夫婦と同じような関係の 「パートナー」 と認める制度を始めた。

「同姓間の結婚」に関する日本経済新聞の記事(2017/11/16日号) 


同性間の結婚を認めていない今の民法は、結婚の自由とひとびとの平等を定めた憲法に違反している……台湾の憲法裁判所にあたる司法院大法官会議がこんな考えを明らかにしたのは、ほぼ半年前のこと。さらに同会議は2年以内に立法措置をとるよう明確に求めた。
台湾で初めての女性総統である蔡英文さんがひきいる民進党政権は、かねて同性婚を認める方針をかかげてきた。形のうえでは司法が先手をとったわけだが、大胆な改革への政治的な追い風になったのは間違いない。行政の面では早々に同性カップルへの配慮に着手し、アジア初の同性婚合法化も時間の問題となっている。
半球豪州では昨日、大きな動きがあった。同性婚を合法化するかどうかをめぐる国民投票の結果が発表されたのである。有権者の8割近い人たちが郵便を通じて意見を表明し、うち62%が合法化を支持した。国民投票に法的な拘束力があるわけではないが、政治に一歩を踏み出すよう促す効果は小さくない。
同性婚を法律で認めるか否かは、社会的少数派に向ける多数派のまなざしの反映だろう。いわば異端として排斥するのか、それとも同じ人間としてその自由をできる限り尊重するのか。日本では「両性の合意のみ」が結婚の基礎だとする”憲法24条”が焦点となる。動き出した"憲法改正" 論議がどこまで踏み込むか、注視したい。

(2011年現在) 同性婚を認めている国には、オランダ(2001)、ベルギー(03)、スペイン・カナダ(05)、南アフリカ(06)、ノルウェー・スウェーデン(09)、ポルトガル・アイスランド・アルゼンチン(10) などがある。米国では、マサチューセッツ州(04)で最初に認められ、コネティカット州(08)、アイオワ州・ニューハンプシャー州・バーモント州・ワシントン(09) などに広がっている。

"比較的保守的"な「日経」が「同姓婚を合法化するために、憲法24条を改正すべき」と主張する裏には、国民の「死活」問題である憲法9条も一緒に (どさくさ紛れに) 改悪してしまおうという意図 (自民党を支持する"兵器企業"の魂胆) がありありとうかがえる。。。要注意! 

生物学者 (無神論者)である私の目から観ると、「結婚」という生物現象は、(人間が勝手にでっち挙げた色々な神の存在を信じる) 「宗教」同様、人類社会にしか存在しない例外的な (人工的な) 現象である (「猿」が結婚式を挙げたという話を聞いたことがない) 。 子孫を残す (種の保存) には、不可欠な現象ではない。"性交"と"結婚"は、明らかに別現象である。結婚せずに同棲でも、性交は可能 (合法) である。一体何のために、人類だけ「結婚」という制度にかじり着くのだろうか?   憲法を安易に改正 (改悪) する前に、じっくり考えてみよう! 


さて、宗教と結婚との間には、ある (密接不可分な) 共通点がある。それは一体何だろうか?   神への誓いによって、「個人の自由」を一生束縛し得る力が潜んでいる。だから、特にカトリック教では、(今でも) 離婚が許されない (英国エリザベス一世の父親であるヘンリー8世は妻を離婚して、別の女性と再婚するために、カトリック教を否定して、「英国国教会」という新しいキリスト教派を発足したという有名な史実がある) 。 実は、神などこの世に実在しない!  その昔、(予言者を装う) 誰かが勝手にでっち上げた真っ赤なウソっぱち (神話) に過ぎない。 従って、「仮想の神」に何を誓っても、全く「無意味」ということになる!  宗教の戒律も結婚制度も「為政者が住民を巧みに操る」ために利用している "道具" に過ぎない。

2017年11月13日月曜日

「幸運」な発見と「不運」な発見は髪一重!

今から30-40年前、私が未だ30代の若者の頃、2種類の新しいキナーゼ (蛋白燐酸酵素) をアメーバ中で発見した。 その当時、私の興味はアメーバ運動 (いわゆる「非筋肉」細胞運動) のメカニズム解明にあった。アメーバ運動も筋肉細胞の収縮運動も、アクチンとミオシンと呼ばれる2種類の収縮蛋白がその原動力になっている。 面白いことには、両方ともATPを分解する機能をもっている。そこで、各々の機能を制御すると思われる各々のキナーゼを発見し、その制御メカニズムを研究することは、潜在的に意味があると確信した。

先ず米国のNIHで40年前に発見したのは、土壌アメーバ由来のミオシン重鎖キナーゼだった。 それまでに、哺乳類の血小板からミオシンの軽鎖を燐酸化するキナーゼは見つかっていたが、重鎖を燐酸化するキナーゼ は未だ見つかっていなかった。そういう意味で、私はミオシン重鎖キナーゼの草分けである。幸運にも、のちに哺乳類にも同じようなキナーゼが発見され「PAK」と名付けられた。 例えば、ミオシンがこの酵素によって燐酸化されると、そのATPase機能がアクチン線維によって初めて活性化され、ATPの分解によって生じた「化学エネルギー」がミオシン蛋白の収縮「運動エネルギー」に転換される。 それだけではない。「PAK」はその他種々の蛋白を燐酸化することによって、発癌や老化などを引き起こすことが判明した。こうして、癌治療や健康長寿をめざす「PAK遮断剤」の開発研究が最近になって、急速に世界中で進められている。

数年後 (1980年代初頭) に、西独のマックス=プランク研究所で、第二のアメーバ=キナーゼを我々は発見した。真性粘菌中のアクチンを燐酸化する酵素で、のちにベルギーのグループによって、「AFK」(Actin-Fragmin Kinase) と命名された。当初、我々はこの酵素を 「CAP42 Kinase」  と呼んだ。 その理由は以下の通りである。

 このアメーバのエキスで、分子量42Kの蛋白が燐酸化されることを先ず発見した。分子量はアクチンとほぼ同じだった。 しかしながら、この蛋白は、実際には2種類の異なる蛋白 (アクチンとフラグミン) の複合体らしかった。この複合体 (CAP42と命名) は、アクチン線維のプラス端をキャップして、その 重合を抑える機能があった。不思議なことに、このキナーゼの機能は「カルシウム」と「アクチン」によって阻害されることがわかった。 同じような機能をもったキナーゼ (PAKの上流で機能するらしい「カゼイン=キナーゼ」の一種) が、哺乳類にも存在するらしいことが後にわかったが、発癌や老化などに結び付くかどうかは、未だ不明のままである。従って、余り注目を浴びぬまま「不運なキナーゼ」に甘んじている。 もしかしたら、100年後に、注目を浴びて「幸運なキナーゼ」に変身するかもしれない。

基礎的な学問研究も、流行歌手などと同様、時代の流れに従って、人気にも不人気にもなる。従って、発明発見の 「幸運、不運」 は正に 「髪一重」 といいべきだろう。 かの有名な物理学者アインシュタインが予言した 「重力波」 も、100年以上の歳月を経て、つい最近、その実在が証明された! 

2017年11月12日日曜日

豪州版 「ビクトリア」 と 「メルボルン」 の親密な結び付き

豪州は、6つの州、北方領土 と首都 (キャンベラ) からなっている。その州の一つがビクトリア州である。 この「ビクトリア」の名称は、大英帝国の黄金時代 (19世紀、1837-1901) に君臨していたビクトリア女王に由来する。 ビクトリア州が正式に成立したのは1851年。 同年にバララット (Ballarat) で金鉱が発見され、人口が急激に増加したため、ビクトリア植民地政府が成立した。

さて、ビクトリア州の中心都市 (州都、人口470万人) は 「メルボルン」 であるが、その名称は、ビクトリア女王の相談役を務めたメルボルン首相 (1779-1848) にちなむ。 彼の本名はWilliam Lamb であるが、父親のメルボルン卿が他界した際、その家系を継いでメルボルン卿と改名した。 メルボルン卿は、ホイッグ党首として、2度にわたって、英国の首相を務めた。1835 - 1839 と 1839 - 1841 である。 1837年に、18歳で (未だ独身の) ビクトリアが女王に就任した際、メルボルン首相が女王の相談役に任命された。 以来、ビクトリアとメルボルンの間に親密な関係が生まれた。

さて、1839年に、議会で与党だったホイッグ党が野党のトーリー党に敗れ、メルボルンは首相を辞任し、代わりにトーリー党の党首ピールが首相に就任せんとしたが、ビクトリア女王が、驚くなかれ、 ピール内閣の承認を拒否した!  ピール首相はビクトリア女王の相談役に相応しくなかったからである。(「君主議会」制度下では、内閣の成立は「君主による承認」を必要とする。例えば、日本でも、天皇の承認なしには、内閣は成立しない!)  

そこで、ピール内閣は総辞職して、メルボルン内閣が成立し、メルボルンが女王の相談役 (言わば、父親代り) に再任した。 この第二次メルボルン内閣の期間に、ビクトリア女王の結婚 (婿探し) 問題が 宮廷内で取り沙汰されたが、その際、女王は"恋愛結婚" を主張し、(ある噂によれば) 40歳年上のメルボルンに求婚したという説がある。 メルボルン卿には以前、キャロリンという妻がいたが、有名な詩人バイロン卿と悪名高き情事を起こしたという理由で、妻を離婚したという寂しい過去があった。 勿論、聡明なメルボルン卿はビクトリアの求婚をやんわりと退け、代わりに (ビクトリアと同い年) 従兄のアルバート王子(ドイツ系) を結婚相手に強く推薦した。 1839年にビクトリアとアルバートがめでたく結婚し、9人もの子供が次々に生まれた。

一方、メルボルン卿のホイッグ党は1841年に、再びピール党首の率いるトーリー党に敗れ、メルボルン内閣は総辞職して、下野する。メルボルン卿は以後体調を崩し、7年後に心臓麻痺で、寂しくこの世を去った。 メルボルン卿の死後3年目に、豪州のビクトリア州の州都が 「メルボルン」 と命名された。

2017年11月11日土曜日

東京を襲った 「カスリン台風」 から70年

敗戦直後、1947年9月中旬に、大型の台風(catherine) が東京の真上近くを横断した。 当時の新聞記事によると、大雨で利根川と荒川の土手が決壊して、2000人近い人々が死亡または行方不明になったそうだ。(東京地方を直撃した)  台風の中で、未だ幼かった私の記憶に残る最大の台風だった。当時、私自身はまだ5歳未満で、我が家は杉並区高円寺駅前 (国鉄中央線) 近くにある墓地の隣に建てた木造の急造バラックに、住んでいた。当時、墓地の向こう側に密集していた商店街で、頻繁に火事があり、その度に夜中、我が家の障子(しょうじ) に赤々と映る墓石の影が恐ろしく感じられた。

さて、カスリン台風の目が 東京の真上を通過するという "米軍気象台" の予報に従って、襲来直前に、父がバラックの周りに副え木を打って、強風で家が飛ばされないように補強した。その晩、カスリンがやって来た。 風は強かったが、雨はそれほど降らなかったような記憶がある。翌朝、目が覚めて、天井を仰ぐと、なんと青空が見えた! 家の屋根全体がどこかに吹っ飛んでいったのだ。 それから、一年半後、小学一年生の中途で、我が家は大田区の大森第七中の近所にある畑に新築した頑丈な家に引っ越した。以後、東京直撃のKitty 台風などでも、自分の家の屋根が飛ぶような 劇的な体験はなくなった。

2017年11月10日金曜日

小説 「日の名残り」: 「大英帝国の名残り」(伝統) に触れる

この小説は映画化され、執事を演じるアンソニー=ホプキンス女中頭を演じるエマ=トンプスンとの共演で話題になった作品の原作であるが、映画も、ほんの一部 (恐らく、最後の場面) を観ただけの私には、小説 (話) の全体像や焦点が殆んどつかめていなかった。最近、作家である英国在住の石黒一雄さんがノーベル文学賞をもらったのを耳にして、"英語" (Queen's English) の勉強も兼ねて、原作を近所(メルボルン郊外) の図書館で借りて読んだ。私は米国に10年、豪州に30年近く住みついているので、"米語" や "豪語" には詳しいが (実は) "英語" にはやや疎い。

戦前、ある英国の金持ち (恐らく、貴族) の館に(親子代々) 長らく勤務していた独身の執事 「スチーブンス」 の戦前、戦後にわたる体験を、「追憶」という形で、作品は描かれている。 作品の焦点の一つは、この館で、戦前女中頭として勤務していたケントン嬢と執事との微妙な関係である。 やや保守的な執事と革新的なケントン嬢との間で、ユダヤ系女中の解雇問題を巡って、あつれきが発生する。

実は、館の主人は「黒シャツ」社交界に友人が多く、ある晩 (開戦直前、1938年)、歴史的な「独英不可侵同盟」(ミュンヘン会談における合意) を巡って、この館で、ナチスドイツの高官と英国政府の高官との間で、秘密会議が開かれるに先立って、食事の世話をするはずの女中2人を、(ユダヤ人だという理由で) 館の主人が突然解雇するという事件が発生する。執事はそれをすんなり容認したのに対して、自分の部下2人を突然解雇されたケントン嬢は、強く執事に不服の意を表した。 その事件がきっかけになってか、ケントン嬢は館を去り、間もなく他人 (ベル氏) と結婚してしまう。

この館は戦後、アメリカ人の手にわたるが、スチーブンスは同じ館で執事を続け、ある日、主人が米国本土にしばらく帰京する機会に、休暇をもらって、しばらく振りに英国を旅する途上で、ケントン嬢 (ベン夫人) に再会する機会を得る。。。 この作品の特徴は、丸で「奥歯に何かが挾まったような」極めて婉曲 な言い回しとユーモア (banter) を交えて、執事が追憶する「大英帝国の黄昏」を思わせるイメージ (ふんいき) である。 視点をかえれば、21世紀に入ってから生じた「EUからの離脱」を望む古い世代と「離脱」に反対するリベラルな新しい世代との間のあつれきを予言するかのような文章でもある。 

2017年11月7日火曜日

「トランプ衆愚王国」 対 「アメリカ民主共和国」

去る一年前の米国大統領選挙で、(衆愚の有権者に支持されて) からくも勝利したトランプは、米国に  「トランプ衆愚王国」 を樹立した。 それに不満を抱く有権者の6割 (教育程度の高いリベラル派) は、トランプを「弾劾裁判」にかける機会を狙っている。 大統領選挙で、ロシアとの野合/共謀を企てたトランプを失脚させるためである。 しかしながら、トランプ自身が失脚しても、彼の副官 (副大統領) が大統領に就任する ( 頭の挿げ替え) だけで、本質的に政権が交代するわけではない。 「オバマ政権のよる改革」を全てご破算にせんとする企ては続行するだろう。

そこで、カタロニア自治州のスペイン王国からの独立宣言に呼応して、トランプ衆愚王国から、独立を宣言する「アメリカ民主共和国」(RAD, Republic of American Democracy) の支持者が飛躍的に増大しつつある。 もし、国民投票の結果、(例えば、ミシェル=オバマを筆頭にする) RADが樹立されれば、トランプは、ワシントンの 「ホワイトハウス」 からフロリダにある別荘に追いやられるだろう。 あるいは、ロシアの "クレムリン宮殿" に移転するかもしれない。