人々の “健康促進” のために!

人々の “健康促進” のために!
2015年春、沖縄の琉球大学キャンパス内 (産学共同研究棟) に立ち上げた “PAK研究センター” の発足メンバー(左から4人目が、所長の多和田真吉名誉教授)
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2008年8月27日水曜日

制癌剤としての「サリドマイド」

http://www.asahi.com/health/news/TKY200808260329.html

厚生労働省は、主に妊婦向け「つわり薬」として、1958年から日本国内で販売された「サリドマイド」を、「多発性骨髄腫」(MM)などの血液がんの治療薬として承認するかどうかの本格的な検討に入った。深刻な薬害(特に「奇形児」の発生)のため、1962年にとうとう販売が中止されたが、癌患者らは早期承認を求めて議論が活発化しそうだ。
 
8月26日に始まる同省検討会に、承認申請している藤本製薬(大阪府松原市)や患者団体などが、処方できる医師や扱える病院、卸売業者を限定するとした「安全管理基準書案」を提出。同省は27日に薬事・食品衛生審議会の部会を開き、さらに検討を進める。

サリドマイドは近年、欧米で「多発性骨髄腫」など固形癌への効果が高いと認められ、日本でも医師の個人輸入が急増。未承認のまま使用されており、「日本骨髄腫患者の会」などは早期承認を求めている。


多発性骨髄腫(MM)とは

多発性骨髄腫(Multiple Myeloma、MM)は、血液癌の一種であり、骨髄で腫瘍性形質細胞が増殖し、その産物として異常グロブリンである M蛋白が血液中に出現する。治療法としては、MP療法(メルファランとプレドニゾロン)やCP療法(シクロホスファミドとプレドニゾロン)などの化学療法や、自家造血幹細胞移植などがあるが、治癒は一般的に困難であり予後は望ましくない。このため近年、欧米を中心に新規治療の開発がめざましく、サリドマイドやプロテアソーム阻害剤ボルテゾミブ(ベルケイド)が新しい治療法として注目されている。しかしながら、これらの治療法は飽く迄も対処療法に過ぎず、必ずしもMMの根治には至っていない。

MM細胞の癌化の根本的な (遺伝子レベルの) 原因についてはまだ不明な点が多々残っているが、少なくとも欧米では、MM患者の4ー5割にRAS遺伝子の変異が発見されている。今世紀初頭に入って、MM細胞の癌化のメカニズムが解明され始めるに伴い、MMのシグナル遮断療法への道が開けつつある。そのきっかけの1つは、2005年にオランダのユトレヒト大学医学センターのアンディー・ブロム研究室によって発見された興味深い現象である。(RAS癌の場合と同様) MM細胞の増殖がゲラニル化酵素(GTase)の阻害剤によって、抑制されることがまず判明した。この酵素によって、活性化されるG蛋白がいくつか知られているが、そのうちでG蛋白「RAC」がMM細胞の増殖に必須であることを、彼らは突き止めた。

さらに2007年になって、PAKを直接阻害する合成化学物質「OSUー03012」がMM細胞の増殖を抑制することが、少なくとも培養系で、インディアナ大学医学部の骨髄移植センター所長、シェリフ・ファラク (豪州メルボルン大学医学部出身) のグループによって明らかにされた。言い換えれば、MM細胞の増殖には、RACとそのすぐ下流にあるPAKが必須であることになる。そういう観点から、今までに発表された研究論文を調べ直してみると、それを間接的に裏付けるいくつかの興味深い実験結果が浮かび上がってくる。まず、PAK遮断剤であるいくつかのHDAC阻害剤、例えばFK228、SAHA、クルクミンがMM細胞の増殖を培養系で抑制することが、2004年にハーバード大学医学部のダナ・ファーバー癌センターのケン・アンダーソンら によって、報告されている。もし、これらのPAK遮断剤や (後述する) ミツバチの英知「Bio 30」あるいは「赤ブドウ療法」(レスベラトロール)により、実際に動物実験でMM腫瘍の増殖が抑えられることが確認されれば、難病MMが根治される日も、そう遠くはないだろう。


サリドマイド: 半世紀前の悲劇を越えて

サリドマイドという合成化学物質が、1950年代に一万人近い奇形児をもたらした理由は、「薬効(薬理作用)もわからぬ」新しい物質を、まるで食品のごとく「毒性がない」という理由だけで、あるドイツの製薬会社が市販したからである。この毒性実験には、予期せぬ2つの大きな落し穴(墓穴)があった。その1つは、マウスやラットでは、代謝されにくいので、毒性が検出しにくい。もう1つは、(妊婦が服用して初めてわかったことだが)最大の毒性は「奇形を起こす」作用にあるが、当時の動物実験では、「妊娠した動物」を試験材料に使わなかったので、この毒性がみつからなかった。偶々「つわり」にどうやら効くらしいということがわかり、この症状に悩む妊婦たちが、この得体の知れぬ「薬」を飲む「人体実験」を自ら始めるや、世界的な悲劇が起こり始めた。こうして、1960年代初頭に、サリドマイドは「悪魔の薬」と呼ばれ、とうとう発売禁止になった。

さて、このサリドマイドといういわくつきの鎮静剤(いわゆる「つわり」の特効薬)が、なぜMMの治療薬として2006年以来、使われ始めたかを簡単に触れてみたい。妊娠婦がサリドマイドを服用すると奇形が発生する主因の1つは、胎児の血管新生を抑制するからであることがようやく判明したのは、1994年ごろだった。それでは、一体どんなメカニズムで、血管新生を抑制するのだろうか? この長年の疑問に対する解答を最近になって見つけたのは、ドイツのケルン大学病院のユルゲン・クノブロッホのグループ だった。その研究結果が2008年初頭に発表されて、あっと驚いたのは恐らく私のみではなかろう。実はこの薬剤は、胎児の発生に重要な役割を果たす「BMP」(骨形成因子)という蛋白を介して、PTENを安定化することによって、その分解を阻止するのである。その結果、すぐ下流にある (血管新生に必須な) PAKやAKTの機能が遮断される。

言いかえれば、使いようによっては(妊婦以外の患者を対象にして、適切に服用すれば)、サリドマイドはPAK遮断剤という「善玉」(あるいは「奇跡の薬」)にもなりうるのだ。それゆえに、MMなどの癌ばかりではなく、1960年代から難病「ハンセン病」や結核、さらにエイズなどの感染症の特効薬として、活躍してきたのである(詳しくは「神と悪魔の薬サリドマイド」を参照されたし)。

なお、サリドマイドは水に難溶性であるが、2004年ごろになって、米国の「セルジーン」社(1995年ごろ、サリドマイドを「エイズ」治療薬として初めて開発した製薬会社)が、水溶性で副作用の少ない(芳香環にアミノ基を導入した)サリドマイド誘導体「CCー4047」や「CCー5013」などを開発、MM患者などを対象に目下治験を進めているという明るいニュースが入って来つつある。さらに副作用に関して、重要な点を1つ付け加えれば、サリドマイドは妊娠したウサギから奇形児をもたらすが、「CCー5013」は奇形を全くもたらさない。従って、奇形の原因は、どうやら「血管新生抑制作用」のみではなさそうだ。言い換えれば、血管新生を抑制するPAK遮断剤は、(万が一、妊婦が服用しても)必ずしも奇形をもたらすわけではないことになる。

「つわり」とサリドマイド

さて、長年の「謎」がもう1つまだ解決されずに残っている。なぜ、サリドマイドは「つわり」(妊娠初期に起こる吐き気)に効いたのだろうか? 「つわり」の根本原因が何か、分子レベルでまだよくわかっていないようだが、はっきりしていることは、妊娠に伴うホルモンの変化、特に女性ホルモンの一種「エストロゲン」が急激に(妊娠前の100倍近く)上昇することが一因のようだ。このホルモンが上昇すると、PAKを活性化して、胎児の成長に必須な血管新生や細胞分裂を促進する。前述したが、サリドマイドは、間接的にPAKの活性化を抑制することによって、血管新生を抑える。従って、もし、妊娠後の「つわり」がエストロゲンによるPAKの異常活性化に起因するとすれば、サリドマイドは当然、「つわり」に効くはずである。もし、この仮説が正ければ、PAK遮断剤である「Bio 30」などのプロポリスや赤ブドウ・ジュース、あるいは「キムチ」や「ゴーヤ」なども「つわり」に効くはずである。。。

「つわり」症状を軽減する天然物として伝統的に良く知られているものに、生姜(ショウガ)とビタミンB6がある。ほとんど同程度に効果があるらしい。 なお食品の中で、ビタミンB6の含量が一番高いのは、何と「ニンニク」であることがわかった。従って、ニンニクと(詳しくは後述するが、PAK遮断剤「カプサイシン」を含む)チリ胡椒がたっぷり入っているキムチが、「つわり」を乗り越えるのに役立ったのいう話には、詳しいメカニズムはともかくとして、科学的にかなり説得力(裏付け)がありそうだ。

それでは、なぜビタミンB6は「つわり」を抑えることができるのだろうか?

「つわり」は欧米で「朝の病」と呼ばれるごとく、しばしば朝起きてまもなく起こる。その主因の1つは、空腹のため、糖(グルコース)レベルが低いためだといわれている。ビタミンB6はアミノ酸の合成にも必須であるが、グリコーゲンを分解して、グルコースを生産する反応を促進する。従って、ビタミンB6によって糖レベルが高まることによって、「つわり」が軽減されるとも解釈できる。さらに2003年になって、広島大学の加藤範久教授の研究室により、ビタミンB6(PLP)が血管新生の抑制により、癌の増殖を抑えることも明らかにされた。

さて、生姜はどうして「つわり」に有効なのだろうか? 手ががりがやっと最近出てきた。2007年に米国ミシガン大学医学部婦人科のレベッカ・劉 のグループによって、生姜、特にその成分である「6ージンジャロール」が血管新生を抑え、例えば子宮癌の増殖を抑えることが見つけられた。従って、恐らくPAK遮断作用をもっているのだろう。生姜湯やキムチを毎朝(あるいは毎晩)食べれば、「つわり」のみならず癌を予防、あるいは癌を治すことも可能だろう。

以上の傍証から、サリドマイドの薬理作用(PAK遮断、血管新生抑制) と抗「つわり」作用、抗癌作用が分子レベルで、どうやら密接な関係をもっていることが強く示唆されている。もう一度強調するが、血管新生の抑制は必ずしも奇形をもたらしすわけではない。なぜなら、キムチや生姜を常食している母親たちが「奇形児」を産んだという話など一度も聞いたことがないからだ。もし、そんな馬鹿化たことが起こるならば、朝鮮半島は奇形児ばかりになっているだろう。

韓国在住のあるネット欄に、こんな質問応答があった:

質問: 韓国の女性は、妊娠中でもキムチを食べますか?
答え: 妻は韓国人ですが、妊娠中でもキムチを普通に食べていました。
というわけで、400年以上の伝統があるキムチで奇形児が誕生する恐れはなさそうだ。恐らく、生姜でも同様だろう(少なくとも、治験では副作用はなかった!)。

フィッシャー・ラスムッセンらの妊娠悪阻に対する生姜処理(1990年)
デンマークのコペンハーゲン大学病院で、生姜のつわりの吐き気に対する調査を二重盲検 (被験者を二つのグループに分け、一方には本物をもう一方には偽薬を与えて検査するもの)によって行った。約1gの乾燥ショウガを2~4回に分けたものを妊娠悪阻(つわり)で入院している人に飲ませた。4日間与えた結果、27人のうちの19人が吐き気の軽減を感じた。

タイ国チェンマイ大学のTeraporn Vutyavanich博士ら
吐き気を報告する67人のうち32人に、1日4回250mgの生姜のカプセルを4日間与えた。残りは偽薬を与えた。大部分はその前の日嘔吐している。4日後に、生姜をとったグループは30%だけが嘔吐した。偽薬グループは66%だった。ショウガを与えられた女性の88パーセントは、自分達の徴候が改善するとコメントした。その一方で偽薬を与えられた人達の29パーセントだけが改良を報告した。比較して、ショウガをとる女性に吐き気の軽減が見られることがわかった。副作用は(女性にもその胎児のにも)観察されなかった。

上の論文で使われている1日乾燥ショウガ1gというのは、新鮮な生姜小さじ一杯分にあたり、日常で家庭で使われている量と余り変わらない。この量ならおおよそ安全であろう。ショウガは、FDA(アメリカ食品・医薬品局)の一般に安全と認められているリストに載っており、副作用もめったに引き起こさない。

続く

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