人々の “健康促進” のために!

人々の “健康促進” のために!
2015年春、沖縄の琉球大学キャンパス内 (産学共同研究棟) に立ち上げた “PAK研究センター” の発足メンバー(左から4人目が、所長の多和田真吉名誉教授)
For detail, click the above image.

2009年9月10日木曜日

DPM (ジピリダモール): 廉価で安全なPAK遮断剤

さて、PAK遮断剤「CEPー1347」やFK228は、RAS癌細胞やNF腫瘍 細胞に「接触阻害」(正常な細胞同士が接触すると、増殖を停止するというユニークな現象)を誘導し、腫瘍の増殖を効果的に抑制するが、まだ治験中で市販への道は、まだまだかなり遠い。そこで天然物ではなく「合成」薬品であるが、半世紀前から市販され、廉価かつ安全なPAK遮断剤を一つ、ここで紹介しよう。

NF2遺伝子産物「メルリン」がPAK阻害蛋白であることは前述した。そして、PAK阻害が「接触阻害」(いわゆる「ギャップ・ジャンクション」の形成) に必要であることも判明している。癌細胞に、この「接触阻害」能力が欠けているのは、PAKが異常に活性化しているからである。いいかえれば、抗癌蛋白「メルリン」によるPAK阻害が「接触阻害」に重要な役割を果たしていることが予想される。しかしながら、メルリン自身は細胞質蛋白で、貫通蛋白ではない。面白いことには、メルリンがある貫通蛋白に結合することが知られている。その蛋白は「CD44」と呼ばれ、ヒアルロン酸(HA)のレセプターであるが、RASを何らかのメカニズムで活性化することが、ドイツのイエナ大学の英国人ヘレン・モリソン のグループによって2007年に明らかにされた(1)。従って、メルリンがCD44の発癌性を抑えていることが予想される。実際、同じ年にペンシルバニア大学の中国出身の獣医、兪 勤 (ユー・キン) のグループは、メルリンがHAとCD44との結合を抑えていることを発見した(2)。

そこで、HAの生合成を抑える市販の化合物を物色しているうちに、最近「DPM」という薬剤に突き当たった。この阻害剤は、HAによるCD44の活性化を遮断するので、抗癌蛋白メルリンと同様、RASによる癌化およびメルリンの不全により発症するNF2腫瘍 (シュワノーマやメニンジオーマ) の増殖を抑えるわけで、これらの癌やNFの特効薬として、有効である可能性がにわかに浮上してきた。

DPMは1950年ごろ、ドイツの製薬会社「ベーリンガー」によって開発された薬で、血小板の凝固を抑える機能があるため、脳溢血などの治療薬として半世紀以上、世界中で広く使用されてきた安全かつ安価な医薬品である。ところが1985年になって、英国のエリザベス・ローデスのグループによって「DPMがメラノーマにも効く」という治験結果が報告された(3)。つまり、DPMには抗癌作用もあるというわけである。さらに1989年には、もう1つの新たな機能、薬剤耐性に関与するMDRというポンプATPase (薬剤を細胞外へ汲み出す酵素) を阻害する作用が、DPMにあることがイスラエルのアブナー・ラムー夫妻によって発見された。従って、薬剤耐性になった癌患者の治療にも役立つ可能性が出てきた。DPMには、PAK遮断剤と同様、癌の転移や血管新生を抑える作用もあることがわかっている。

さて、ごく最近になって、このDPMの薬理作用に大変面白い展開が起こった。私の旧友で、ドイツのミュンスター大学で教授をやっているピーター・プレム はHA合成酵素 (HAS)に関する研究の専門家だが、彼にHAS阻害剤について、問い合わせたところ、なんと「DPMが市販されている薬剤のうちで、最も強いHAS阻害剤だ」という返事がすぐ戻ってきた。実は2004年に、彼の友人であるUKEのウド・シューマッハーとの共同研究で、DPMがHASを阻害することを、偶然見つけたのだそうだ(4)。こうして、DPMが発癌性のRASーPAKシグナル経路を抑えることが判明したわけだ。早速我々は、DPMがNF1癌であるMPNST細胞やNF2腫瘍であるシュワノーマ細胞の増殖を抑えることを実際に確認した。


参考文献

1. Orian-Rousseau, V., Morrison, H., Matzke, A., Kastilan, T. et al. Hepatocyte growth factor-induced Ras activation requires ERM proteins linked to both CD44v6 and F-actin. Mol Biol Cell. 2007, 18, 76-83

2. Bai, Y., Liu, YJ., Wang, H., Xu, Y. et al. Inhibition of the hyaluronan-CD44
interaction by merlin contributes to the tumor-suppressor activity of merlin. Oncogene. 2007, 26, 836-50.

3. Rhodes, E., Misch, K., Edwards, J., Jarrett, P. Dipyridamole for treatment of
melanoma. Lancet. 1985, 1(8430), 693.

4. Prehm, P., Schumacher, U. Inhibition of hyaluronan export from human fibroblasts by inhibitors of multidrug resistance transporters. Biochem Pharmacol. 2004, 68, 1401-10.

0 件のコメント: